|
2004年7月8日(木) 黒木和雄監督 長崎キャンペーン
去る、7月8日(木)に黒木和雄監督は試写会舞台挨拶の為、長崎を訪れました。
大変多忙な時間を縫ってのキャンペーンのため、
長崎滞在は1日でしたが、監督自身「TOMORROW/明日」の頃以来十何年ぶりに長崎を訪れたそうで、
古くのご友人ともお会いになったそうです。
テレビ、ラジオ、新聞の個別取材そして、合同記者会見を終え、長崎の舞台挨拶に立ちました。
この映画を広島と長崎に観てもらうのがとても楽しみであり、怖いとおっしゃられた監督は手短に挨拶を済ませました。
この試写会には、長崎で高校生1万人署名運動を行っている地元の女子高校生たち数名にも来場頂き、
上映後、マスコミ取材に応じている彼女たちの感想を聞いてみました。
平和大使として、今年ジュネーブの国連に集まった署名を長崎市の代表としてもっていくことになっている高校生は、
「いままで、この活動を行ってきて、実際被爆された方にお話を聞きにいくこともありました。
その時に、『あなたに、被爆した人間の気持ちなんか分からないだろ』と言われてとても哀しかったことを思い出しました。
言われたときは、自分は平和の為に良いと思ってこういう活動をしてきているのに、
なぜそういう言い方をされるのだろう?と思いましたが、この映画を観て、原爆で亡くなった方の辛さだけでなく、
生き残った方々の辛さがすこしだけ分かった気がしました。」


彼女たちは、とても精力的に活動をしているようで、
自主的に始めたこの高校生1万人署名活動は当初まわりの大人から反対をされていましたが、
今では長崎市の代表としてジュネーブに行くまでに認められているようです。
2004年7月9日(金) 外国人記者倶楽部試写会
黒木監督は、長崎から、帰京した足で有楽町で行われた外国人記者倶楽部の試写会後の質疑応答会に参加されました。
満員の会場には、海外のプレスの皆さん、それにかかわる日本人のプレスの皆さんがいらっしゃいました。
原作者の井上ひさしさんも出席され、海外のプレス向けに通訳を担当されたのは、井上ひさしさんの原作本の翻訳そして、
映画の字幕制作協力をして頂いた、ロジャー・パルバースさんでした。
海外のプレスの方々も熱心に質問されていました。
海外のプレスの方の感想です。
オーストラリアの女性
Q映画の感想は
深く心を揺さぶられました。この時期に作られたのとても重要な事だと思います。
Q核兵器について
大多数のオーストラリア人は勿論反対しています。しかし残念な事に政府は逆行していますね。
ショックを受けたことは原爆の影響でいまだに大勢の犠牲者が毎年亡くなっているという事実です。
もっとたくさんの人がこの事を知るべきです。
アメリカの男性
Q映画の感想は
とてもすばらしい映画でした。父と娘の家族愛、そして人類の悲劇と我々すべてにとって重要ですから。
また広島の体験はとても特別です。
Q核兵器について
それは興味のある質問ですが、アメリカでは過去の論点となりつつあります。
1989年、ソ連が崩壊し冷戦時代が終わり、核戦争の脅威は現実味をなくしました。
皮肉なことですが、核爆弾を落とした国が核戦争は起こらないと信じています。
核戦争は過去のものと願いたいです。
2004年8月6日(金) 広島キャンペーン
この映画にとって、とても重要な日、8月6日に黒木監督、宮沢りえさん、原田芳雄さんが広島で過ごすこととなりました。
朝7:20頃、平和公園内にある平和記念資料館に3人が到着。
地元のテレビ局の平和式典中継にゲストとして生出演する為です。
ちょうど式典の風景が見える資料館の1コーナーで映画のこと、広島の原爆のこと、式典の模様を見学しました。
8:15には起立し、1分間の黙祷をスタッフもみんなでささげました。

そして、場所を移して、広島で7月31日から映画を上映中のシネツイン2にて舞台挨拶です。
監督と、宮沢りえさんは、7月3日の完成披露試写会の際にも舞台挨拶を行いましたが、
その時よりたくさんのお客様がご来場いただき、劇場の扉ぎりぎりまでお立ちになってご覧頂きました。
さらに、場所を移動して、同じく広島で上映中のワーナーマイカルシネマズ広島での舞台挨拶です。
450人近く入る劇場でこちらも指定席制で満席になっておりました。
今日の式典の感想を聞かれたゲストの皆さんは、「式典会場に、若い人、子供たち、海外から来た人、
いろんな人がたくさんあの場所に集まっているのを見て、希望の光を感じました」と感想を述べていました。
東京の岩波ホールで映画をすでにご覧頂いた方はご存知かもしれませんが、
岩波ホールにお越し頂いたお客様にご協力いただいて、8月2日から折鶴を集めておりました。
そのほんの1部を広島に持って行き、お客様、出演者、スタッフみんなが折った鶴を一緒にして、
広島市を代表して広島フィルムコミッションの西崎智子さんにお受け取りいただきました。
東京の上映期間中、劇場でこのキャンペーンは継続し、
上映終了後、すべて集まった折鶴と一緒に像に手向けていただくこととなりました。
2004年8月7日(土)

一夜明けた平和公園も、花を手向ける人、手を合わせにくる人のあとは絶ちません。
あまりの暑さで花は弱っていますが、花にこめられたメッセージはたくさん溢れています。
広島でさえ、平和教育が少なくなっていると聞きます。
この手を合わせている子供たちが大人になるころには、被爆体験者の数はわずかになっているでしょう。
次世代へつなぐ語り部はこれからは、育てないと体験者はいなくなるのです。




2004年8月9日(月) 長崎キャンペーン
今回のキャンペーンでは、長崎の平和式典中継にも参加しました。
宮沢りえさんは、原爆死没者追悼平和祈念館での中継を行いました。
情報コーナーといわれる、パソコンで平和へのメッセージを書き込むスペースでは、
言葉では表しきれない思いを、イラストで表現されました。このメッセージは10年間、保存されるそうです。
黒木監督と原田芳雄さんは平和公園の泉の前での中継でした。
長崎の9日は広島と同様灼熱の太陽で、外での中継はとても暑いものだったと思いますが、
30分の中継にお二人ともご出演いただきました。
その後、宮沢りえさんは隣に隣接する資料館を見学をされるとのことで、
館長にご案内いただき、黙祷の時間も、資料館内で過ごされました。
9日の11時ということもあり、館内は大変混雑しておりましたが、周りを気にされることもなく、ゆっくり見学をしました。
午後は、上映劇場のユナイテッドシネマ長崎で舞台挨拶です。
通常、映画の舞台挨拶では、歓迎の意を込めて、ゲストに花束を頂くのですが、
この8月9日に長崎に来たという目的、意味を込めて、この度は、製作者・ゲスト側より、
長崎の慰霊碑に手向ける花束を長崎市の学生にお渡しし、代わりに慰霊碑に手向けて頂くことになりました。
本来であれば、直接手向けにいきたいのですが、時間と警備の都合上それが叶いませんでしたので、
長崎の学生さんに私たちの想いを託しました。

広島・長崎のキャンペーンにご尽力いただきました関係者の皆様に、あの日にあの場所で、この映画のキャンペーンが成功しました
ことを、この場をお借りしてお礼申し上げます。
みなさん、ありがとありました。
流れている曲は 「明日という未来」 歌:神宮寺結子 作詞・作曲:T2ya
販売:株式会社Musik(Rhythm
Planet Recordings)
この「明日という未来」は中国放送・パル企画共同製作TV番組「平和への祈り-映画という名の反戦」のテーマ曲です。
|