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2004年4月28日に行われた「父と暮せば」完成記者会見・披露試写の模様を掲載します。



黒木和雄監督のあいさつ:今日はお忙しい中、有難うございます。昔から井上ひさしさんの芝居に大変感動しておりまして、ほとんど芝居を拝見しておりますが、十年前に拝見した、「父と暮せば」で深い感動を覚えまして、なんとか映画化したいと思っており、やっと十年目に井上先生のご快諾を得まして撮影することが出来ました。宮沢さん、原田さん、浅野さんのお三方の参加を得て、また私の信頼するスタッフ、この作品を作ろうと集まっていただいたプロダクションの方々のおかげで何とか作り上げることが出来ました。大変うれしく思います。今日はほんとうに有難うございます。

井上ひさしさんのあいさつ:監督が芝居の戯曲を、一箇所を除いて完全に再現してくださったということは、私たち芝居の方からいうとほんとうに有り難いことで感謝しています。その一箇所というのが、お父さんである竹造さんが自分の娘に向かって「お前は人が振り返るような美人じゃない。それは半分はわしの責任だ。」というセリフがあるのですが、やはり、宮沢さんがお出になったので、振り返るような美人、振り返って転んじゃうような美人ですから、そのセリフの葛藤は非常に適切で私は非常に拍手を送りました。それから、宮沢さんと原田さんの広島弁の美しさは無類でして、よくあそこまで広島の言葉を口にし、マスターしたなあと感動しました。それから映画を拝見して芝居ではとてもできないいくつかの大きな仕掛けがありまして、やはり映画は映画ですごいなと思ったのは、特に最後ですね、すごいことをやるんだなと、これも感動しました。兵器を持っている国はまだたくさんありますので、そういうところへこの映画が静かに入っていって、上映されて、人間が人間にこういうものを落としていいのか、ということを世界の人が考えて下さるきっかけになっていくだろうと信じています。有難うございました。

宮沢りえさんのあいさつ:今日は皆さんお集まりいただきまして有難うございます。この映画は本当に私にとっても演技者としてはもちろんですけど、一人の三十歳の一女性として本当に、この熱いスタッフと、熱い監督と、熱い言葉の中で過ごした時間は私にとって心に焼きついた撮影でした。それは、愛する人を一瞬のうちに奪ってしまう悪魔が空から降ってこないことをほんとうに一人間として願っています。そういう気持ちでやりました。是非、たくさんの方にこの映画の存在を知っていただけたらと思います。

原田芳雄さんのあいさつ:今日はほんとうに有難うございました。去年のちょうど七月、八月、無我夢中に撮影所に通いまして、今日こうして皆様に観ていただく時が来たということで、不安とある種の恍惚の入り混じった気分でございます。これを皆さんに観ていただいて喜んでいただけるようなものであればいいなあという気がします。一箇所だけは私、父親役なのですが、黒木さんに言って、「どうもこのセリフは別なものに変えた方がいいのではないか」ということで黒木さんと相談して、これからご覧になっていただければわかるとは思いますが、割合、僕としては気に入っているセリフとなっております。今日は本当に有難うございました。宜しくお願い致します。

●質疑応答

Q:黒木監督へ、舞台の初演が1994年ですが、十年たって今この時代、「父と暮せば」を作ろうと思われた理由を教えて下さい。

黒木和雄監督:私は生まれてから戦争が終るまで一日も戦争のない日がなかったので、ほとんど戦時下で育ちました。まあ、映画をやることになりまして聞きましたけど、日増しに少年時代の戦時下の空気に似てきているような感じがするんですね。昭和一桁生まれは特に神経過敏でそういうのを感じすぎるきらいがあるかもしれませんけど、戦争中と同じ感じがしているのです。そんな中で、幼少の頃、戦争を記憶している一人として、戦争のことをどうしても元気なうちに作りたいなあと思いまして、十年前から井上先生の「父と暮せば」が念頭にありまして、私のモチーフと非常に大変不遜な言い方ではありますが、重なっておりましたので、「父と暮せば」を撮りたいと思い取り掛かりました。




 

Q:井上ひさしさんにお伺いしたいのですが、十年たって映画化されるということについて、もしくは作品をご覧になっていかがでしたでしょうか。

井上ひさしさん:大変光栄です。まあどこかで芝居は映画になるのかなあとかすかな不安はありました。でも拝見して、芝居では出来ないというところがたくさんありましたし、それともう一つ黒木監督がおっしゃったように、私も小学校のときに戦争の真っ最中ですから、いかに戦争というのがひどいものであるかを、それも普通の人達がどれほど辛い目に遭ったかというのを、普通の人間の小さな一員として体験しましたので、特に最近ここ五、六年とんでもない時代になっていって、構造的には昭和の十年代と同じですから、なんか私たち本当に平和に暮らしているように見えますけど、もう板子一枚下は地獄というのは、少年ながら体験しておりますので、生きているうちにこんな時代がもう一度くるとは思ってもいませんでした。欲をたけて戦争をやってしまう、人間の恐ろしいところに映画なら気が付いていただけるだろうと思います。私たち日本人には核の被害がどれだけひどいかということを世界の人にゆっくりと言い続ける責任があると思います。世界史から託された日本人の責任はおそらく核が使われたら、こんなひどいことになるということを体験者ではありませんが、体験者と言葉を同じくする日本人の一人として、この映画によって世界の人に伝わっていくだろうということで、本当に有難いし、光栄です。本当に感謝しています。

 

Q:宮沢りえさん、この美津江という役を演じてお感じになったこと、大変だったこと、なんでも結構ですので、どういう役だったのでしょうか。

宮沢りえさん:本当に今思い出しても怖くて怖くて、まず私は戦争を体験している人間ではないので、その恐ろしさっていうものが、学校の図書室にあった広島の写真集であったりだとか、映画やそういうところからの情報しかなくて、今テレビで現実に地球の上で行われている戦争の映像を見たとしても、実に自分に感じることが今までできなかったので、広島の原爆資料館に行ったときに言葉を失った自分の心だとか、そういうものだけは忘れないように、もちろん本当に私なんかが代表という気持ちに全くなれるようなものではなかったけれども、この体験で本当に亡くなった方々、愛する人を無くした人々が観たときに嘘だけはついていないようにしようって、演技はしているのですけど嘘だけはつきたくないという気持ちがすごく強くて、役作りで広島弁の言葉を覚えたりというのもありましたけど、毎日、嘘はつかないで演じようと考えていたように感じます。

 

Q:宮沢さんと原田さんのお二人の演技というのが本当に迫ってくるものがあったのですが、 原田芳雄さんに伺いたいのは、演じる側として、この作品というのはどういうものだったのでしょうか。

原田芳雄さん:映画は今までやってきて考えられないほどの膨大なセリフがありまして、そこに怯まないようにしなくちゃいけないということと、これはそのときに現場にいってセリフを覚えるというのは無理なので、まあ、昔僕らが芝居をしていたときは六十日稽古というのがありましたが、三十日はほとんど本をただ読んでいるだけで、ただセリフを覚えるとか役作りがどうのというより、ただひたすら読むということをやったものですから、そのことを思い出しました。クランクイン前ほんの短い時間だったのですが、ただただひたすら井上さんの戯曲を読み返させてもらい、それから初日を迎えるときに、それはりえさんがおっしゃるように本当に怖かったです。それから変な縁なんですけれども、僕の同期生の前田吟もやっていますし、それから辻萬長もやっていますし、同期生三人がこの竹造を演じるという、まあ不思議な縁だなあと思っております。正直言ってほっとしたのもありますけど、やらせていただいて今本当に感謝しています。有難かったと思います。


Q:宮沢さんにお伺いしたいのですが、先程、言葉を詰まらせる場面がありましたが、  もしよろしければその涙の理由を教えていただきたいと思いますが。

宮沢りえさん:それは今まで言ったこと全部に含まれていますけど、やはりさっきも言いましたけど、一瞬のうちに、自分が愛する家族や、恋人が目の前で灰になるってことを想像しただけでも怖いし、生き残った彼女(美津江)が、「生きているのが申し訳なくて」と言うセリフがありまして、もう死んでしまったほうが楽だったくらい辛い言葉だったような気がして、そのセリフはもう私の頭の中にこびり付いて離れなくて、あのときの怖いというか、そういうのを飛び越えてしまう・・・なんていうか、本当に演技者としてこういう時はクールでいたいと私はいつも思っているんですけど、今回の美津江という彼女に対して、またこの作品に対しては別の思いがあって、今もしかしたら降ってくるであろう悪魔が存在している、この地球上にまだまだいっぱい存在しているということが、怖いを通り越してそれをみんな知っていなきゃいけないし、それがまだまだ潜んでいることの恐ろしさが私の涙になっているのかもしれないですし、すっと答えが出てこない歯がゆさみたいなものが、きっとこれからも付きまとうと思いますけど、なんかこういう胸の重たいものが今回のこの作品ができたことで、今とりあえず私ができることっていったら、この笑顔をいろんな人に見てもらうために知ってもらうことが何か大切なことだと思っています。

 

Q:宮沢さんに質問したいのですが、今回美津江さんというのは恋をすることを躊躇してしまう女性でしたが、宮沢さん自身はそういう気持ちについてどういう風に思われましたか。

宮沢りえさん:恋をするのも生きているのも辛いという体験は私にはないですね。それは美津江のような状況に立った私くらいの女の子は日本にいない訳だし、その気持ちと今の私とは比べられないです。

Q:この役を受けられた一番の理由は何だったのでしょうか。

宮沢りえさん:一番の理由は今の時代に生きている一人の人間として、戦争に対する思い、怖さだったり、全く自分の現実と重ね合わせられないような今の日本という国に生きている人間として、どうしたらいいのだろう、どうしたら人が憎しみあったり殺しあったりしない地球になるのだろうって、そういう漠然とした思いってみんな持っていると思うんですけど、そういうものを形にする作品に出会えたときに、私が今できることはこの美津江を演じることぐらいしかできないなって思って、もうセリフの量とか、撮影のこととか考えたら絶対にやりたくないと思っていたんですけど、でもやるべきだなっていう気持ちがふっと湧きました。

Q:今、時代がとても悪くなっているというのに大変同感です。それでこれから加速度的に悪くなっていく中で、監督は戦争をテーマにした映画、今、三部作ですけれど、四部作、五部作ということも考えていらっしゃいますか。

黒木和雄監督:そうですね、私もいい加減だったところがありまして、反戦映画を作ろうという気持ちはなくて、自分の記憶の中で大事にしているものを再現したいということで、しかしそれがどうしても新しい企画を考えますと、どこかで戦争とつながってしまうといいますか、戦争にぶつかってしまいますので、恐らく戦争と関係のある映画を余生幾ばくもありませんけど、作っていくことになるだろうと予感しております。

 

 
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