東京・岩波ホール 初日舞台挨拶レポート
去る、7月31日(土)に東京・広島・長崎の3箇所で上映がスタートしました。
岩波ホールの初日舞台挨拶には、宮沢りえさん・原田芳雄さん・黒木和雄監督・原作者の井上ひさしさんがお越しくださいました。
それでは、初日舞台挨拶、高野悦子さんの挨拶からレポートいたします。
高野悦子さん
皆様、ようこそ「父と暮らせば」の初日にお越しくださいましてありがとうございます。
私どもの世界の名画を発掘、上映するという岩波ホールを根拠地とし、
スタートした「エキプドシネマ」も20周年を迎えることになりました。
そのお祝いの作品として、このような素晴らしい映画を上映することを、とてもとても喜んでおります。
これから、長い、上映を続けていこうと思っております。どうぞ、皆様の心からのご支援をお願いする次第でございます。
この映画を本当に心を込めて作ってくださいましたスタッフの皆様達、
そして沢山の関係者の方、今日もおいででございますけれども、ありがとうございました。
今日はこれから、原作者、監督、ご出演の皆様のご挨拶がございます。
司会をフリーアナウンサーの今泉さんにお願いして、これから始めさせて頂きます。
本日は本当にありがとうございました。
今泉アナウンサー
本日はお暑い中ようこそお越しくださいました。
この後、初日ということで、舞台挨拶がございますが、
その進行のお手伝いをさせて頂きますフリーアナウンサーの今泉と申します。
私はこの映画と特別な関わりがある訳では無いのですが、
司会をしてくれないかなと言われて、試写で映画を見させて頂いて、あまりに良い映画なのと、
この映画を作った皆さんの心というものに打たれて、
喜んでお手伝いさせて頂きますということで、今日お手伝いをさせて頂きます。
これから制作関係者の皆様、ご挨拶を頂きます。
また、制作関係者の間から、この映画上映終了後、
広島に鶴を折って持っていこうという話が持ち上がりまして、受付のところに紙があります。
12cm四方で鶴を折って送っていただければと思います。
関係者と、先ほど原田芳雄さんが一生懸命黄色の紙の鶴を折っていらっしゃいましたが、
皆様も、もしお気持ちありましたらご協力いただけたらと思います。
では、お待たせを致しました。これより映画「父と暮らせば」制作関係者の皆様 ご紹介をさせて頂きます。
まずは、黒木和雄監督です。
そして、福吉美津江役 宮沢りえさんです。
(拍手)福吉竹造役 原田義雄さんです。
そして「父と暮らせば」原作者、井上ひさしさんです。
豪華ですね。それでは皆様に一言づつ、上映前にご挨拶を頂きます。
では、黒木監督お願い致しします。
黒木和雄監督
この映画の演出を担当いたしました黒木でございます。
今日は本当に大変な競争率の中お越し頂きましてありがとうございます。
私、60年前にアメリカ軍の空襲を受けまして、
至近距離10m以内で11人のクラスメートが即死した時に、
介抱もしないで、助けもしないで逃げ出した男の一人なんです。
井上先生の芝居を見たときに、比較するのは僭越なのですが、
ヒロインが私のように思われて非常に感動いたしまして、映画にさせて頂きました。
素晴らしいスタッフと、宮沢さん、原田さん、浅野さんに参加して頂いて、
なんとか、今日、上映にこぎつけました。
どうぞ最後までごゆっくりご鑑賞ください。
ありがとうございました。
今泉アナウンサー
ありがとうございました。それでは、福吉美津江役、宮沢りえさん よろしくお願いします。(拍手)
宮沢りえさん
今日は暑い中来て頂きありがとうございます。
この日が迎えられて、本当に、こういう時に使うんだろうなあ「感無量」って、
さっきちょっと思いました。去年のちょうど今ごろ撮影をしていたのですが、
本当に、こんなに演じるということに対して不安になったり、
落ち込んだり、自信を無くした作品は初めてです。
それはきっと美津江という人の心の中に渦巻く感情の、
今の私には想像もつかないような感情や、この作品の重さ、大きさ、
そして原爆という恐ろしい、本当に恐ろしいものが美津江という人に与えた大きなもの、
そういう大きな大きな壁に、去年の夏に私はおもいっきりぶつかっていたなあと思って、
でも今日のこの日を迎えられて、その大きな壁にぶつかっていた事を、
1人の人間として、演技者として良かった事だと本当に、
監督、原田さん、そしてこの本を書いてくださった井上さん、
そして、本当に心のこもったスタッフに感謝しています。
今日見てくださった方の心の片隅にでも、ちょっとよくばりして、深く深く何かを感じていただけるような
作品になったと思いますし、そうであってほしいと願っています。ありがとうございました。
今泉アナウンサー
ありがとうございました。続きまして、福吉竹造役の原田義雄さん お願い致します。
原田義雄さん
皆さんもご存知だと思いますけど、
これは井上先生のお書きになった戯曲それからこまつ座の名舞台の
映画化でございますので、昨日、私もその舞台を見てきました。
私の竹造をやっているのがきしくも養成所の同期生の辻萬長というのがやっておりました。
明日までやっていますので是非まだという方、
今日映画を見た後にまた舞台の方へもう一度、2度も3度も楽しめると思いますが、
舞台もいろいろな所でこれからも上演が続いていくと思いますけれども、
それに講じまして映画の方も、これから映画の特権をいかした所でいろいろなところに飛び回って、
いろいろな多くの方に見て頂きたい作品だという風に僕自身思っております。
もっともっといろいろお話して、さっきりえちゃんも言っていましたが、
終わって今見ますと、ああすればよかった、こうすればよかったということが
いっぱいあるんですが、それは次回作の宿題といたしまして、
今日見て頂いて、もし良かったらですね、これから長い時間ここでも長丁場がやっと始まった
ばかりですので、どうぞいろんな方に声を掛けていただきたいと思います。
今日はいろんな誘惑に負けず本当にありがとうございます。
今泉アナウンサー
ありがとうございました。お話にもありましたが、もともとは戯曲という形で井上ひさしさんがお書きになったもの、
映画化にあたってはまったく無条件で映画化を了承して下さったそうです。原作の井上ひさしさん 一言お願いいたします。
井上ひさしさん
今日は皆さんどうもありがとうございます。
黒木監督の作品は、僕は大好きで、こまつ座のみんなも大好きで、
それで黒木監督から映画にしたいという話があったぞといった時に、
事務所(こまつ座の事務所)がワァーっと湧きましてですね、
僕が何も条件を付けるな、条件を付けると黒木監督が諦めると困るので(笑)、
というのが実状といいますか、黒木監督に対する尊敬が、条件をつけないで、
自由にやっていただく、それから今度はりえさんが決まったと言うので、
また事務所がワァーっと湧きまして、そのうち原田さんが決まった時もワァーっとなりまして、
浅野さんもワァーで、事務所はこの一年幸せでした。
素晴らしい監督、そして、本当に他に比べようの無い3人の俳優さん、
そして素晴らしいスタッフの皆さんで、映画にしか出来ない、
我々も多少自負はありますから、芝居の方が良いんじゃないかなとか、
大騒ぎした後で、映画になるかなあとか無責任なことを言っていたのですが、
見事に、映画でしかないという所が沢山出てきまして、私も感動しましたし、
大変誇りに思いますし、ありがたいですし、名誉にも思います。
英語の翻訳が出来ましたので、出来たら世界中でずっと見ていただければいいなと思いますが、
その最初が皆さんですから、最初の方々がちょっと気が萎えるとそこまで続きませんので、
素晴らしい映画ですけど、1日3回ぐらい人ごみの中で素晴らしい素晴らしいとおっしゃっていただきたいと思います。
ちょっといいですか 30秒ぐらい。広島ではその日のうちに9万人の方が亡くなりまして、その年の間に14万人の方が亡くなって、
それからずっと毎年だいたい3千人、多い時は四千人、去年は二千七百人ぐらいですかね。
長崎もそうです。ずっと毎年亡くなっています。つまりこの爆弾はまだ静かに爆発を続けています。
今世界にある小型の核弾頭は広島型の20倍の威力だそうです。一番小さいものでも。
それがまだ3万発世界に残っています。ですからこの映画が、監督さんや俳優さんやスタッフの皆さんの結晶がですね、
静かに世界に出かけていって、そしてその核弾頭を少しでも減らす、
その核弾頭の爆発量をこうせいの火薬に換算した人がいまして、そうすると実は60億の地球上の人間が、
一人づつ背中に1トンのTNTという火薬をしょって生きているという勘定になるんですね。
ですからまだまだ危ない世界で私達は生きていますので、この映画がきっと、
私たちの背中にある1トンのこの火薬を減らしてくれるだろうと、それだけの力がある、
力のこもった作品で、本当に原作者としてはこの上ない光栄です。
ありがとうございました。あとは皆さんのつぶやきしだいです。よろしくお願い致します。
今泉アナウンサー
ありがとうございました。
帰りの電車で皆さん感想を言うと思うんですね。「よかったねー」と。
「よかったねー」の前に「‘父と暮せば’よかったねー」もっと言えば「’岩波ホール’でやっていた父と暮せば
よかったねー」と電車の中で会話をしていただくとより広がっていくのではないかと思います。
12月までロングラン上映ということですので、
向こう三軒両隣、いろいろなところ、帰りの電車でも「父と暮せば」よろしくお願いします。
言わなくても本当に良い映画だというのはお分かりいただけるかと思います。
お忙しいところお越しを頂きました4人のみなさん、それから高野さんに大きな拍手をお願いします。
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